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わたしたちは悩んでいる、何を?!

神保町の魅力

保存の力~私たちの非力

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関東大震災復興期1930年昭和5年に建てられた、築90年の旧相互無尽会社ビルについて
地域の方や専門家の方から保存を求める陳情が出た。
こんなに小さな建物に、江戸時代から半沢直樹物語にまで連なる金融の歴史。
靖国通りがない時代、すずらん通りから靖国神社に繋がる中心通りであった記憶、
震災〜空襲〜地上げ〜そしてコロナ。
 地上げの壮絶さについては、宮崎学氏の著書「突破者」に詳しい。
その中で地域の価値を維持してくれた有斐閣、小学館、集英社。そのおひざ元。
名だたる古書店の歴史。
救世軍の歴史。
小さな出版社、新しい古書店、明治創業の山形屋紙店。
最近はおしゃれなギャラリー、タイ料理やカレーほか個性豊かな飲食のお店の歴史。
神田にたった一つの中学校となった神田一橋中、共立女子、教育会館に連なる歴史。
9月18日、企画総務委員会で陳情審査があった。
先立つ9月3日景観まちづくり審議会でも
「神保町ビル別館の保存・活用について」の陳情が審査され、
「残せるところは残していくよう区として最善の努力をいただきたい」という
西村会長の取りまとめがなされた。
解体の看板は9月7日となっていたのに、
所有者は、こうした議論の行く末をここまで見守って下さった。
感謝しかない。
企画総務委員会では、
「本の街神保町にふさわしい保存のあり方を含め区としてできる限り所有者と調整するよう求める」
「保存を検討する場合要項等によるさらなる支援策を区に求める」と追記された。
なぜ、ここまで逆風の中で持ち堪えてくれたのかを想像するに、それは奇跡。
と同時に、現在の所有者がこの土地の守り神のような存在だから・・。
日本一強い開発圧力に対し、千代田区に保存のメニューはささやか。
反省すべきは行政と議会であり、この場合正直民間にもの申せる立場にはない。
それを承知で、わたしはこの陳情について意見を述べた。
週明けには、行政と所有者が面談して、結論を出してしまうだろうと思うので、
どんなことを言ったかだけ、概要をメモしておきたい。
○現在の所有者が文字を扱う会社としての見識を持つ企業であるとともに
本の街神保町の地域の価値を、100年育みこれから100年もそれ以上も、
ここで続ける老舗の出版社であることは幸いなこと。
所有者が判断したことが、現実可能な最善の判断に違いないと理解する。
しかし、行政がこの話をしにいく時に、どのような姿勢でいくのかが問われる。
○上の写真を見せながら、いくつかのことを述べた。
震災復興の建物は、強度が強い。フェイクではなくオーセンティックな保存が望まれる。
その際①本の街神保町の歴史、大学発祥の地、日中友好の歴史、カフェ、映画館、空襲、震災など
まちまるごとミュージアム、日比谷図書文化館の神保町分館として協働事業にはできないか。
②神田一橋中の子どもたちがここで本を読んだりまちの歴史を学べる場所にならないか。
小さくともきらりと光る地域の歴史伝承館にならないか。
③民間にこそ知恵がある、神保町を元気にする会、本の街を世界遺産にと呼びかける知識人の知恵
赤坂東宮御所前の和菓子屋の老舗虎やさんの理念やビジョンも参考になる。
④ 例えば、本郷にある築100年の求道会館をリノベーション再生した所有者で建築家の近角さんご夫妻と
明大の田村誠邦先生の取り組み事例も参考になる。
→住民の気持ち
→オーナーの気持ち
→役所の気持ち
が同じ方向を向くことはできないか。
それぞれの力と可能性を最大限に引き出して
「フルサポートするから、企業のメリットあるようにするから、保存の協議に応じてはいただけないか」
もしも行政がそういう立場になってくれたらなあと祈る。

神田の地霊が守ってくれたらいいと思う。

力のないわたしは、最後は、いつもそうやって祈る。
こどもたちを育ててくれた神田のまちがいま、地上げを乗り越えた人がコロナを乗り越えられない。
わたしたちは非力すぎる。
議会は予算決算の真っ只中、連休は分厚い書類を持って、ひたすら勉強。
連休が明けると、神田の地霊に祈っている暇もなくなる。
2020、9、22
小枝すみ子@神保町
参考:http://www.abrain.co.jp/estate/hongo?fbclid=IwAR0ipWV8pt5tR4lDi_5KUpTgBEsnvJ-ARGoVGixvMlaRJUTXdVF-FgKeOsw
千代田区