月別アーカイブ 2012年9月14日

著者:すみ子

千代田区議会今日9月14日告示

写真 (1) 私の今回の本会議テーマは、石川区政でいまいちだったと私が言いたい「地域活性化」策、イベントに重きが置かれ、後手に回ってる歴史含めた地域資源の顕在化、後手にまわる仕掛け、どうするんですか?と、ほぼ原稿は書き終えた・・・。発言通告は、一週間後なので書けたらもう一つ二つ書こうかなと思う。石川区政12年への建設的批判であり提言としたいところ。

来年23日の区長選に向けて、「ホトホト困った千代田の政局」も今回の第3回定例会と、次回の第4回定例会で頂点に達するということになる。

4年前の、自分の質問を振り返ってみた。

以下のようなテーマだった。いまと変わっていない。

『千代田区のあり方について

1.大切なことが知らないうちに決まってしまう、千代田区の自治はこれで良
  いのでしょうか。
 2.本当に千代田区民の意向を大切にした都市計画になっているでしょうか。
 3.公費による飲食を伴う会合の増加、住民の意識低下を招きませんか?
 4.千代田区はどうなっているのかと知れば知るほど不安になる「東松下町計
  画」に関する様々な疑問に答えられますか?
 5.住民の提案、希望、苦言に耳を傾け、穏やかに住み続けられるまちを目指
  しませんか?』

変わっていないのに、権力内の仲たがいで、いまは、小枝は石川区長に近いなどといわれる。私の基本的立場は、ずっと是々非々なのに、仲たがいで、否否否否になった政局は、いくつかの点では評価すべき面もあるなどと言えば、あいつはあっち側などと言われる。
区長選を考える会も断続的に開催してい
るが、意見はいろいろ調整にはまだ時間を要しそうだ。

ひとまず、この議会は、徹底して区民利益、将来世代の利益にかなうかどうかで判断しようと思う。

保育園民営化

 石川区政の選択で、子ども施設に関して、アフタースクールなどこどもの居場所が充実したのはよかったかもしれないけれど、安定すべき公共施設がジプシー状態になっていることは、親子三代の根っこ付の行政サービスを小学校、保育園、児童館にいたるまで不安定化していることは、マイナス部分だと思う。人口の変動が、2004年を頂点に急坂を上り下がる状態(今後100年で100年前、明治時代後半の水準に戻る、2050年には人口9000万人台)で、サービスの必要量を柔軟に考えなければならないのはわかるが、歴史も伝統もある基幹園たとえば神田保育園、麹町保育園を民営化して断ち切ってしまうことによる行革効果と、根っこを持つコミュニティー力の喪失による影響を考えれば、安易に民営化に組するわけにはいかない。にわかに政局化しているが、政局ではなくコミュニティーと、次世代育成の利益として再考してほしい。

美しい古民家~看板建築とのお別れ~

 新聞の記事で見て、いてもたってもいられず、須田町で幕を閉じる看板建築を見に行った。どういう表現をしていいのかわからない、議員という役柄、丸ビルも、明治生命館も、日本工業倶楽部も、三井本館も見たけれど、美しい神田の庶民の暮らしの原点を見たというのが率直な感想だった。神田まちめぐりのコースにも入っていた、個性的でかつ万世橋駅を正面に見て、その先にニコライ堂も見えて、坂の上の雲でも有名なロシア戦争の英雄「広瀬武夫」の銅像もあった。私が大好きな建築家、この秋に復原する丸の内駅舎の製作者、日本建築家第一号の辰野金吾が設計した辰野金吾の万世橋駅は、今からちょうど100年前の1912年明治45年に開業し、1923年大正12年の関東大震災で焼失して遺体安置所になったあと、1943年に昭和18年で廃止になっている。この窓からどんな風に見ていたのだろうかと思うと時を忘れる。まさしく芸術。誘いあわせたわけでもないのに神田の人もたくさん来ていた。
 今回のお別れ会で看板建築の中も見学してみて、ここからみる風景がどのようであったか、現在でもクーラーもいらない、日本建築のすごさ、最後まで所有者であった柏山和子さん(86歳)のこれまでの日々を思うと、まさに鮭の川登のような風景を思った。あっぱれ。ありがとう、そして、こうした建物を保存する制度のない日本という国を総武線の電車が見える三階の物干し台から考えた。
写真 (2)

 

 

 

著者:すみ子

小枝メール(栗​下都議の離党について​)より

こんにちは。

昨日来、千代田の栗下都議が民主党離党、会派も離脱との報道が続き、
ご心配をおかけしています

報道より、少し前に、栗下さんの考えていることを伺いましたが、真剣なまなざしと、アツい思いには共感するところもあり、ひきとめることはしませんでした。何が正義かということについては、議論が分かれるところだと思います。

栗下さんが問われるのは、これからの行動です。きれいごとかもしれませんが、
みんなの党に川田龍平さんがいて、自民党に河野太郎さんがいるように、どこにも、しっかりした人材がいることが理想です。

三年前の夏、栗下さんを都議会に送り、その後は築地、原発都民投票、オリンピック誘致のための巨額な利権に切り込み
億単位の削減をさせるなど、新人としてはよく働いたと思います。私自身もその後、がらにもなく民主に入り、批判も心配もいただきましたが、中から見ると、民主が抱える問題は、いろんな意味で日本そのものが抱える問題のように思います。

私はもう少し冷静に、日本の政治の方向を模索したいと思います。

以下、栗下さんからのメールを貼り付けます。

『本日、民主党離党、都議会民主党会派離脱届を提出しました。今日からちょうど3年前の政権交代、自民党政権にできなかった行政改革を何としてでもやる!そのような思いで民主党に参画しましたが、行政刷新会議の廃止を始め行革が停滞する中、公約で否定していた消費増税を決めたことは都民・国民の皆様に責任を持って説明することができないという思いで長い時間考えましたが、この度の決断をしました。

 これほど日本全体が苦しい思いをしているのに、都も国も政治はまだまだ本格的に既得権益に切り込むには至っていない状況です。事業仕分けを始めとする行政刷新の取り組みは政治ショーと揶揄もされましたが、これまで硬く閉ざされていた行政の実態に目を向けさせたという意味では方向性として間違っていなかったと思います。その理念についてはしっかりと受け継ぎ、まずは都政の場で花開かせることが私に課せられた使命だと思っています。
 本日付で一人会派「行政刷新を貫く会」を設立しました。行革は行政にとって耳の痛いことが多いのでこれまで大会派の中では活動に制約がかかることもありましたが、自分自身が政治参画した理由、「政治の不条理に切り込む」を今まで以上に純粋に体現してまいります。今後ともご注目よろしくお願い申し上げます。』