京都船岡山の石 2008/07/27(Sun.) 11:09
沢山のことがありすぎて、ブログもなかなか手がつきません。

誰もやらないなら私がやる、そう思っていろんなことやってきましたが、誰もやらないことというのは、「できないことだからか」「やる意味がないから」か、そう思うと同時に、日本人はいつの間にかやるべきことすらやらない民族になったのではないかと、また生意気に思ったりする。

意外と人に知られていないし、自分もあまり正面から話す機会がなかったが、私にとって「皇居」はずっと一つのテーマであり、一つの一つの疑問だった。千代田区という、外濠の輪郭がそのまま区界やまちの境を形成しているものだから、つまり江戸城外濠の中に生かされているのだからそれを考えないわけにはいかなかった。
このまちには博学な人がいて、京都の町衆にも劣らない、自分のまちの成り立ちを自分の住んでいる根っこから歴史的に紐解いて定点観測している人々がいる。
千代田区にきて20数年、そうした人々の話を、「ふーんそうなんだ。」と聞いているうちに、自分の中でそうした話が層をなして、それらの話が、糸でつながって見えてくる。
面倒くさがりと、次々と新たな事件やテーマ、相談、運動課題に振り回されて、一片でもきちんと腰を落ち着けて、定点観測をすればよかったのに、「私はいったい何をしてきたんだろう」6月議会における皇居検証と、質疑の中で、返すがえす思った。

この国には、経済の論理ばかりで、公共の利益、利害を代弁するものがいない。行政も政治家も、食うに精一杯の企業人たちの利益に忠実に、勤勉にその意向通りに何もかも行う。そしてそうした仕事(利益誘導)を勤勉になしとげた政治家こそ、大成し、大物として君臨するようになる。学者もそうだ。

秋葉原、そして大手丸の内有楽町の20年の歴史はそれをつぶさに物語っている。経営に困ったパレスホテル、つぶれるわけにはいかない三菱地所、民営化で民間以上に公共心を失った東京中央郵便局にJR東日本、こうした人々、自分さえよければいいという人々に囲まれて、またそれとまったく矛盾がない都知事が進軍ラッパをふいて、神様も仏様もむろん歴史も文化も関係ない。歴史的に積み重ねてきたものを、きょう自分たちが明日のご飯を食べるために、潰してしまう。私はそんな日本が大嫌いになってきた。

麹町大通りでは80メートルの地区計画など、「地価が高い千代田区だから仕方がない」と目にとまらぬ速さで推進する千代田区政。つい10年前まで、60メートル以上を超高層と呼んだ。住居を中心とする番町麹町に、80メートルが連なる街並みを誘導しようとしている。
私が好きだった千代田区はだんだんそうでない姿に変わっていく。
京都では、町を守るために、京都景観創生条例で商業地域の高さを45→31メートルに、31メートル→15メートルに押さえた。
ダウンゾーニング。15年前から私は千代田区でそのことを主張している。守るものがあるならダウンゾーニングなのだ。
東京でも、中央区銀座、港区表参道、こうしたところの地価は上昇、ブランドとしても成功している。千代田区も質にこだわっているが、量的拡大が先行しているまちは、やがてすの空いた大根になる。

私たちが批判した丸の内の地区計画、自民ほか与党はそれを推進したが、一方で「皇居周辺の景観に関する意見書」を全員一致で決議、国の責任で特別な法的整備をされることを求めた。

小枝さんもっと身近なことをやってくれと言われるが、みなつながっているい。根本を断たなければだめだと思うので、7月20日「景観と住環境を考える全国ネットワーク」の京都での立ち上げに参加した。
人々に迷惑をかけない、他人の犠牲の上に自分の利益を得る、そうしたふるまいがあたりまえかして、モラルの崩壊を招いている都市計画法関連のまちづくり法の来年改正に向けて、官僚にまかせたら変わらない。少なくとも東京大都市は変わらない。なんとかしましょうよと、誰にともなく言いたい気分です。

この写真は京都船岡山に平安京からたたずむといわれている石。
この石の前で源の義経も泣いただろうか。どれだけの武将が死んだり、別れたり、もしくは幸せを語り合ったりしただろうか。
なんてね。そう、保元平治の乱の舞台になったところです。

小枝

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